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    マザーテレサ

    • 2012.06.01 Friday
    • 11:21
    何かしたいのに「何にもできない無力」を感じている人の
    小さなヒントになればと思い共有します。



    「小さな行動に、大きな愛を。」


    「小さなことでも、大きな愛をこめてやることならできる。」
    We can do small things with great love.
    マザー・テレサ
     この言葉は一見、「美しいキレイゴト」のように聞こえてしまう。

     しかし、これは
     「今の自分にできることを現実的に考えて、それに愛情をこめて着実に取りくみなさい」
     というメッセージなのだと思う。

     億単位の義援金、何万人の被災者の救護...。
     「大それたコト」ばかりに目がいって、自分のできることを探すのをやめていた。
     森ばかり見て、木を見ていなかった。

     マザー・テレサはいう。100人救えないのなら、一人を救いなさい、と。
     彼女だって、多くの修道女たちに支えられて活動していた。
     その修道女のひとりひとりが、「小さなできること」を積みかさねて
     大きな結果を導いているのだ。

     できる範囲の募金、節電、情報提供、会社の企業活動を通しての支援など。
     そこから、できる限りやってみようと思う。


    「まわりの人から、思いやろう。」


     「(遠くの人よりもまず)、隣人に気をかけて欲しいのです。」
     I want you to be concerned about your next door neighbor.
     マザー・テレサ
     昨日、トイレットペーパーを買い込んだオジサンに「どけよ!」と
     ぶつかられて思わずキレそうになった。
     被災地の人が苦しんでいるのに、あの自己中心的なオヤジときたらムカつく!
     としばらく怒りがおさまらない。

     デマがとびかったり、放射線がナントカと情報が流れたり、
     余震がおきたり、スーパーの品物がなくなったり、
     帰宅難民になりそうになったり、停電になったりすると、
     私たちは怖くなって自己中心的な行動をとってしまう。
     (先の例では、オジサンだけでなく私もその一人だった)

     こういう時に「まわりの人を思いやれているか」と反省の念がわく。
     マザー・テレサは、「よい行いは、愛の連鎖をつくるつながり」になると言う。
     ひとりひとりが隣人を思いやっていくことで、
     それがドミノのように被災地をふくめた全体最適につながっていく。

     遠くの人を慈しむのはカンタンだけど、近くの人は意外と難しい。
     これからも恐怖に突き動かされる事態が起こるかもしれない。
     そんな時こそ、正しく情報・知恵をあつめて、
     愛と思いやりのある行動をとりたいと思う。


    「センチメンタルと不謹慎を飛びこえて、笑おう。」


    「平和は、笑顔からはじまる。」
    Peace begins with a smile.
    マザー・テレサ
     被災地の情報が入ってくるたびに、胸がはり裂けそうな気持ちになる。
     悲しい気持ちになってくるし、他人の行動が
     「デリカシーに欠けている!不謹慎だ!」
     と目くじらを立てたくなる時もある。

     そんな時、マザー・テレサならどうするだろう?

     マザー・テレサはいつも、笑っていた。
     笑顔を大事にしていた。

     彼女は「死を待つ人びとの家」という、
     その名のとおり死を待つだけの人が集まるホスピスを作った。
     絶望的な場所だ、と僕は思ってしまうが、そんな場所でも
     彼女と修道女たちはいつも笑顔を絶えさなかったという。

     マザー・テレサというと聖母のような優しいイメージがあるかもしれない。
     しかし、たくさんの人の命を救うという使命を全うする彼女には
     センチメンタルな部分などなかったという。
     代わりにあったのが、愛するために前進する強いハートだ。

     「あなたのハートが愛で燃えるには、"楽しむこと"が必要なのです」
     いつまでもヘコんでいても、しょうがない。
     まずは楽しんで笑うことから。

     "Poor is beautiful"

     「貧しいことは、美しい。」
     昔、マザー・テレサの本を読んだ時、この言葉の意味がサッパリわからなかった。

     本にはこんなふうに載っている。
     「健康な人や豊かな人は、どんな嘘でもいえる。しかし貧しい人は握りあった手、
     みつめる視線に、ほんとうにいいたいことをこめるのよ。
     ほんとうにわかるのよ。かすかに震える手が"ありがとう"っていっているのが。
     貧しい人ってほんとうに、すばらしいわ。」

     何かが欠乏している状態だと、与える側も、受け取る側は「ありがたみ」がわかる。

     3月11日の金曜日、電車が止まって、やむを得ず歩いて帰った。
     電車だと たかだか15分ぐらいの道のりが、歩いて帰ったら4時間近くかかった。
     電車に感謝した。家に着くとガスが止まっていた。
     ガスが止まっていることに気がつかずにシャワーを浴びたらとても寒かった。
     温かいお湯が出ることに感謝した。

     当たり前だと思っていたことが、当たり前じゃないことに気がついて
     「ありがたい...」と心の中で合掌した。
     スッカラカンのコンビニで一箱だけ残っていたカロリーメイトの一袋を
     友だちにあげたら、命の恩人ぐらいに感謝された。

     いつもだったら大したことないことが、感謝されて うれしかった。

     自分だけではなく日本や世界の人びとにも「無条件の愛」があることに、
     今ごろになって気がついた。
     手と手をとりあうその光景に、泣けてきた。


     胸に刻んで、自分にできることをしていきたいと思う。
     

     
     日本人はインドのことよりも、
     日本のなかで貧しい人々への配慮を優先して考えるべきです。
     愛はまず手近なところから始まります

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    • 2013.10.24 Thursday
    • 11:21
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      コメント
       題 : マザー・テレサさんのこと
      .
       マザー・テレサさんが、初めて、インドの社会に入って行っ
      た時は大変でした。
       彼女にあったのは自分の志(こころざし)だけ。
       彼女を受け入れたのは、インドの「ヒンズー教の方たち」で
      した。
       彼女の活動のための家を貸し、彼女の活動のための手助けの
      人達が駆け付けました。
       元々、マザー・テレサさんのやりたい志の事は「ヒンズー教
      の方達はしていました」。
       だから、正確に言えば、「マザー・テレサさんが、志を同じ
      くする人たちの中に入って行った」なのです。
       ヒンズー教の方達は、多神教。
       イエス・キリストやマリアもヒンズー教の神々の一人として
      いる宗教。
       この様な宗教教義の面からも、マザー・テレサさんもスムー
      ズに受け入れられました。
       一神教のキリスト教には「異教徒を殺せ」の教義がある様に、
      異教徒を忌む宗教ですので、この様なスムーズな受け入れとは
      ならなかったでしょう。
       マザー・テレサさんは、最初、キリスト教からは、まったく、
      孤立無援。
       手助けはヒンズー教の方達だけでした。
       彼女が、アメリカの映画の題材にされ、注目されるようにな
      って後、キリスト教が、今までは何も彼女に注目せず、手助け
      もしなかったが、世界の注目を集める様になってから、彼女と
      行動をする様になった。
       今、キリスト教は、彼女を「広告塔」にしていますが、そし
      て、ヒンズー教の方達は黙っていますが、真実は、この様な経過
      をたどった。
       マザー・テレサさんが「ノーベル平和賞」を受賞しましたが、
      同時に「ヒンズー教の方達も受賞すべき」でした。
       ノーベル賞選考委員はキリスト教徒だけ、その点、「お手盛
      り」となった。
       インド政府は、彼女が亡くなられた時、国葬として大きな葬儀
      を行ないましたが、キリスト教組織にも、この様な、大きな度量
      が欲しいところです。
       また、彼女のキリスト教は、ビンズ‐教との共同生活から宗教的
      にも影響され、彼女独特のキリスト教となっている。ヒンズー・
      キリスト教とか、テレサ・キリスト教と呼ぶべき形となっている。
      参考URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
        URL: http://32983602.at.webry.info/
      • 今田 遥
      • 2012/08/10 4:25 AM
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