スポンサーサイト

  • 2013.10.24 Thursday

一定期間更新がないため広告を表示しています

  • 0
    • -
    • -
    • -
    • -

    親父の話 「男の口約束」

    • 2013.07.23 Tuesday
    • 12:17


    高校1年の夏休み、両親から「大事な話がある。」と居間に呼び出されたんだ。
    親父が癌で、もう手術では治りきらない状態であると。
    暑さとショックで、頭がボーっとしてて、変な汗が出たのを憶えている。

    当時、うちは商売をしていて、借金も沢山あった。
    親父が死んだら、高校に通えるわけがないことは明白だった。
    そして俺はお世辞にも優秀とはいえなかった。クラスでも下位5番には入ってしまう成績だった。

    その夏から、親父は、抗がん剤治療を開始し、入退院を繰り返していった。
    メタボ体型だった親父が、みるみる痩せこけていった。
    母親の話では、主治医の見立てでは、もって1-2年だろう、ということだった。
    ただ、親父は弱音を吐くことはなかった。
    親父は「高校、大学はなんとかしてやるから、しっかり勉強しろよ」って言ってたよ。
    仕事もやりながら、闘病生活を続けていた。

    俺といえば、目標も特になく、高校中退が頭にチラついて勉強は進まなかった。
    ただ、ボーっと机に向かって、勉強するフリだけはしていた。
    せめて親父を安心させるためだったと思う。

    だから、その後の成績も、とても期待に添えるものではなかった。
    ただ、親父の「高校、大学はなんとかしてやる」の言葉が、重かった。

    「おまえ、将来、何かやりたいことはないのか?」
    高校2年の冬、痩せこけた親父に問いかけられた。
    俺は、期末テストで学年ビリから2番をとり、担任からも進路について厳しい話をされていた。
    言葉もない俺に、怒ったような泣いたような顔で親父は言った。
    「・・・ないなら、、医者になれ! ・・・勉強して、医者になって、おれの病気を治してくれ!」

    上手く説明できない熱い感情に、頭をガツンと打たれた。
    自分への情けなさとか、怒りとか、色々混じったものが込み上げた。
    その時、親父には返事を返すことはできなかったが、俺は決意した。
    それから、猛烈に我武者羅に勉強した。

    高校3年の夏、親父は逝った。
    親父は、闘病生活の2年間で借金を整理し、俺の高校の学費をなんとか工面したそうだ。
    親父のおかげで、高校卒業できた。
    そしてありがたいことに、1年間の浪人生活を経て、俺は地方の国立大学の医学部に合格した。

    俺は今、癌専門治療医として働いている。
    親父は、「あいつは、将来おれの病気を治してくれるんだ」と母に言ってたそうだ。
    まだ、親父の癌を治す力はないが、日夜頑張っているよ。
    いつか、親父の癌を治せるように。



    がんが発見されて入院待ちの方は、少しでも進行を抑え治療に耐えられる体力をつけるために
    抗がん剤や放射線治療中の方は、その副作用を抑えるために
    末期の方は、少しでも進行を遅らせるために
    すぐにフコイダン療法を始められます。

    掲載元:涙腺崩壊 – 泣ける話・感動する話

    スポンサーサイト

    • 2013.10.24 Thursday
    • 12:17
    • 0
      • -
      • -
      • -
      • -
      コメント
      コメントする








          
      この記事のトラックバックURL
      トラックバック

      selected entries

      recent comment

      search this site.

      PR

      calendar

      S M T W T F S
           12
      3456789
      10111213141516
      17181920212223
      24252627282930
      << September 2017 >>

      mobile

      qrcode

      powered

      無料ブログ作成サービス JUGEM